「私はよく社外の人から、
『あなたの会社の人たちは義理堅いですね。私の社の人なんかそんなにまではよくはして下さらないですよ』
というようなことを耳にすることがあります。義理とか人情などの言葉を使うと今日の若い人たちから笑われるかもしれませんが、人間がだんだんと機械化されつつある今日のように索漠とした世の中にあっては義理・人情が潤滑油の役目として最も大切なことではないかと思います。ともかく社外の人からもうらやまれるほどの人たちの集まりであるということは、誠に喜ばしいことであると思います。これもひとえに社長以下全員がそうした社風を保ってこられた賜物であると確信しております。」
いつの話かといいますと・・・
40年以上前の社内報の記事です。(1965年1月)
まだ私は生まれていません。
社内報には社長の言葉や品質管理の提言・社内行事の感想など、いろいろな記事が並んでいます。入社社員の紹介の記事では、「○○さんが入社しました」、なんてことも書いてあります(その○○さんはいまや部長ですから、その当時はどんな青年だったのだろうと想像してみると楽しいです。)
今読んでもウ~ンとうなるようなすばらしい記事が並んでいます。もう何十年も前の「資料」となっていますが、社内コミュニケーションのツールとして社内報は重要な役割を果たしていたようです。
この当時の社内報ははだんだん記事を書く人がいなくなって、10年弱で廃止になりました。
いずれまたこのような社内報を復活させたいと思います。
そして今も冒頭の記事のように書いてもらえるように頑張っていきます。
「今使おうと思えば道具がない、型がない、あっちこっち探してやっと
見つける、作業の時間よりも、探す手間の方が長くかかる。
これらは置き場を一定のところへ定めて行えばすむことですが、なかなか
守れない。これも大きな無駄のひとつでしょう。
このように無理や無駄をなくすよう考えて作業する気構えこそ、良い品を作る
整理整頓された工場と言えるでしょう。」
これは1964年5月号の社内新聞の記事です。
今度5S大会をまたやりますが、この記事にあることが大きなテーマになってきます。
「永遠の課題ですね・・・」なんて5Sのリーダーが言ってましたが、改善活動を通じて
「良い習慣」をつけることは、今も昔も変わらない命題だと思います。
「いま世間一般が不景気だというのに当社だけが好況であろうはずはなく、
いわゆる世間並みに不況にあえぐ事になるのだろう。
多少ゆれるのは良いとして、沈没しないような工夫はしてみたいものだ。
それは軍艦のような強い船にすることであろう。
これをもっと具体的に言うならば、生産を向上、能率を高め、原料消費率を下げ、
不良品を作らず、無駄な費用を使わないで、船は帆任せ、風任せ式に無理を
しないで風を待ちましょう。
今年こそ昨年よりもう一歩前進して、丸木舟の浮力をつける努力をしたいと考えます」
これは最近私が言った言葉、ではなく、創業者(私のおじいさん)の言葉です。
1964年1月の「社内新聞」の記事です。
私が経営計画発表で言ったことと通ずるところがたくさんあります。
今も昔も言っていることは変わりませんね(^^;
このあいだの経営計画発表会の後、懇親会で鳥取工場の創成期からおられる「生き字引」さんと
話をしていると、
「ああ、そういえば『あれ』、まだあったねえ~」
「あれってなんですか」と聞くと、
「『寮』だよ」
???
その昔、鳥取工場の新入社員は半年間、大阪本社に現場実習に来ていたのです。
本社ではその人たちのために寮を借り上げていたそうです。
このたびの発表会議の会場へ向かう途中にその寮がまだ現存し、懐かしく思ったというわけです。
ほ~、そんな時代もあったのか~、いつもあの辺は通るけれど、知らなかったな~。
で、写真に撮ってきました。パチリ。
「生き字引」さんの話では、昔むかしは医院だったそうです。
「まだ残っている!」と喜んでおられました。
(後日談)あとで聞いたら、隣の家がそうでした(今はもうありません)。隣にもう一軒、同じつくりの家があったそうです。
4月10日はわが社の創立記念日です。
おかげさまで61周年を迎えました。
60周年の時は、パーティーをしました。
OB・OGの方々がたくさん集まってくれました。みんな楽しそうでした。
「退職して何年も経つのに呼んでくれてありがとう」、「おかげさまで元気です」、「ありがとうございました」、と非常に感謝してくれたのがとても印象的でした。
「こいつとはいつも意見が合わんでなあ~ でもホンマこいつはええ奴や」とか「いや~ あのときの小学生がこんなに大きくなったん?」とか、あちこちで旧交を温めあいました。OBの方たちが元気すぎて、どちらかというと若い人たちが押されていたくらいでした。
これらの方々を決して決して忘れてはいけないと心に誓った春のよるでした。